川崎総合法律事務所

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刑事法における時効制度の大改正について(弁護士 高柳 馨)

1 刑事関係の時効には,刑の時効と公訴の時効があります。
刑の時効というのは、裁判で刑の言渡が確定した後、刑の執行を受けないことによる時効です。判決確定後、被告人や受刑者が逃走したときに問題となる時効です。公訴の時効というのは、犯罪後一定期間が経過することにより刑事訴追(公訴)が許されなくなるという時効です。一般に言われる時効は、この時効です。

2 刑の時効は、刑法32条に定められていますが、平成22年4月に大きな改正がありました。次のように、改正されました。下線部が改正により,変更された部分です。
  刑法32条 時効は、刑の言渡しが確定した後、次の期間その執行を受けないことによって完成する。
    一  無期の懲役又は禁錮については30年
   二  十年以上の有期の懲役又は禁錮については20年
   三  三年以上十年未満の懲役又は禁錮については10年
   四  三年未満の懲役又は禁錮については5年
   五  罰金については3年
   六  拘留、科料及び没収については1年

上記の下線部は,改正前は、次のようになっていました。
   一 死刑については30年
   二 無期の懲役又は禁錮については20年
   三 十年以上の有期の懲役又は禁錮については15年

3 公訴の時効は、刑事訴訟法250条に定められていますが、平成22年4月に大きな改正がありました。次のように、改正されました。下線部は,改正により変更された部分です。
  1項 時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの(死刑に当たるものを除く。)については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
   一 無期の懲役又は禁錮に当たる罪については30年
   二  長期20年の懲役又は禁錮に当たる罪については20年
   三  前2号に掲げる罪以外の罪については10年
  2項 時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
   一  死刑に当たる罪については25年
   二  無期の懲役又は禁錮に当たる罪については15年
   三  長期15年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については10年
   四  長期15年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については7年
   五  長期10年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については5年
   六  長期5年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については3年
   七  拘留又は科料に当たる罪については1年

   改正前は、人を死亡させた罪であるかどうかを問わず、2項と同じでした。

4 このような改正が行われた理由を考える前に、刑事法における時効制度の存在理由を考えてみましょう。
 従来から、次のような二つの考え方がありますが、普通は,両者をあわせたものが時効制度の存在理由とされています。
(1)実体法説
  時の経過とともに、被害者の感情が癒され、社会の復讐感情が減少し、犯人に対する再教育の必要性が減少することで、国家の刑罰権が消滅する。
(2)訴訟法説
  時の経過とともに証拠(証拠物、証人)が散逸し、真実発見が困難になり、公訴権が消滅する。

5 それでは、平成22年に改正された理由を考えてみましょう。
 平成12年起こった世田谷一家殺害事件をご記憶の方も多いと思います。これは、両親と8才の長女、6才の長男が殺害された事件で、未だに犯人が捕まっておりません。このような鬼畜にも劣る罪を犯した極悪犯人に対し、時効により処罰を免れることを認めて良いのか・・・というのが,大きな世論となりました。この世田谷一家殺害事件の遺族らが中心となって結成された「殺人事件被害者遺族の会」(宙【そら】の会)、また、山一証券代理人弁護士夫人殺人事件(平成9年)の遺族である岡村 勲氏、光市母子殺害事件(平成11年)の被害者遺族である本村洋氏などが中心となって設立された「全国犯罪被害者の会」(あすの会)などが大きな世論を喚起し、マスコミを動かし、国会も動かして、法律が改正されたのです。
 これらの被害者の会は、時効については,概ね、次のように主張しています。
  ① 時が経過しても、殺人事件の遺族の被害者の感情は癒されない。
  ② 最近のDNA鑑定などの捜査技術が大幅に進歩し、犯人のDNAが特定されている事件では、犯人を特定する証拠物はなくならない
  ③「冤罪の問題」についてもDNA鑑定により他人を犯人と誤る確率は小さい・・・ など。

6 これに対して、日本弁護士連合会などは、改正法には問題があるとしています。私なりにまとめると,以下のようになります。
(1)まず、殺人事件についての時効がなくなることについては、次のような問題があります。
  ① DNAが特定されない事件など証拠が乏しい事件について、時効がないために、冤罪が起きる可能性がある。例えば、40年前の殺人事件について、目撃者が現れて捜査が行われた場合、犯人と名指しされた人にとり40年前のアリバイ立証などはほぼ不可能である。
  ② 警察は、殺人事件が起きた場合、ずっとその捜査を行わなければならないことになる(関連の証拠物を廃棄することができず、少なくとも形式的には捜査員をおいておかなければならない)。
(2)また、改正法は、改正法施行(昭和22年7月)前に犯した罪で施行時に時効が完成していない犯罪についても適用されることになっていますが、これについては、次のような問題があります。
 例えば、改正法施行時にあと1ヶ月で時効になる殺人事件(24年11ヶ月前の事件)の犯人についても、改正法は適用されて、公訴時効がないことになりますが、改正法施行時に時効が完成した事件と比べるとあまりにも不均衡となります。憲法39条「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。」(事後法・遡及処罰の禁止の原則)に実質的に反するという意見もあります。

7 最後に諸外国の公訴時効の制度を概観してみましょう。
 まず、アメリカでは、連邦法により死刑に当たる罪は公訴時効がなく、それ以外の罪については、テロ犯罪、未成年者への犯罪などの例外を除き、一律5年の公訴時効があります。イギリスには公訴時効という制度はありません。フランスでは一般の重罪は10年で時効が完成しますが、集団虐殺など人道に対する犯罪については公訴時効がありません。ドイツでは、殺人のうち特に重い事案の公訴時効は30年で完成しますが、民族謀殺、殺人嗜好など特定類型の殺人については公訴時効はありません。