川崎総合法律事務所

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2012年07月 アーカイブ

2012年07月02日

若松弁護士の「司法修習の意義」がロースクール研究NO.19(2012年5月号)に掲載されています。

以下掲載文を紹介します。

司法修習の意義~法科大学院を修了して弁護士となった経験から~

                               弁護士 若松みずき

1 はじめに
平成11年7月に司法制度改革審議会が内閣に設置され,司法制度改革の目玉の一つとして法科大学院の創設があげられた。そして,ついに平成16年4月には法科大学院が創設された。法科大学院には既修者コースという2年コースと未修者コースという3年コースがあり,筆者はまさに法科大学院が創設された年の既修者コースに入学した1期既修生である。以下においては、筆者の体験から考える「司法修習の意義」や,「法科大学院での教育と実務とのつながり」について述べたいと思う。

2 司法修習の意義について
  司法修習は,現在、1年という期間で実施されている。まず、分野別実務修習として、①民事裁判修習、②刑事裁判修習(家庭裁判修習含む)、③検察官修習、④弁護修習を各2ヶ月の期間で行い,次に2ヶ月間、選択型実務修習として知的財産法や少年事件,労働事件,破産事件,大規模法律事務所,地方支部法律事務所等のさまざまな分野の中から選択したものを行う。このとき何も選択しなかった者や選択修習期間が終わった者はホームグラウンドという,弁護修習先の法律事務所で研修を続けることになる。最後に、集合修習として,司法研修所において,実務修習の体験を補完して,体系的,汎用的な実務教育を行われ,法律実務のスタンダードを指導する課程が2か月間実施される。現在はこの集合修習は埼玉県の和光市にある司法研修所に集まって,実際の判決を書くときに何を考慮要素とするのか,判決文はどう書くのか,検察官が起訴・不起訴をどの程度の立証で決めるのか,起訴するとして何罪で起訴すべきなのか,どの事実をどの程度考慮するのか,弁護士としてはどのように事実を組み立てて主張すべきかということを主に学ぶことになる。
  旧司法修習では,初めに集合修習があり,そこで要件事実等について学んだ後に実務修習があり,そして最後にまたあらためて集合修習が行われたが、現在の司法修習では、はじめの集合修習はなく、いきなり実務修習から始まる。
それは,法科大学院が創設された理由の1つとして,法科大学院において司法修習の先取りをして実務的な素養も身に付けさせることに伴い,司法修習制度の期間をそれまでの1年半から1年に短縮するという趣旨によるものであるとされている。
その一方,法科大学院において実務的な素養も教育されるのであれば、なぜ、司法修習は廃止されなかったのかという疑問もある。この点は、司法制度改革審議会の議事録によれば、「司法研修所の要件事実教育や事実認定に関する教育はまさに事実を中心とするものであって、概念法学とは異なるものである。司法研修所は、ロースクールができたとしても実務教育を担う機関として依然として不可欠の存在というべきである。」とされている。
筆者はこの言葉に深く共感を覚える。
これは,集合修習における司法研修所での教育について述べているが,実務修習についてはもっと意義が大きいだろう。

3 司法研修所の意義(集合修習)
  司法研修所では,実際に無罪判決となった事案を基に刑事弁護修習が行われ,実際に有罪で起訴された事件の証拠を基に検察修習や刑事裁判修習が行われたりしている。民事裁判についても同様である。
  法科大学院で学習することができる事案は、基本的には公開されている判決文だけであるが,司法研修所ではほとんどありのままの事案を基に,証拠や当事者の言い分をみて判断することができる。
  法科大学院では,実務家教員が実際の事件を参考にして学習的要素を取り込んだ事案を作成し,それを検討することはあるものの,実務家教員の労力が多大であり,事案の量はどうしても限られてしまう。したがって,どのような事実が結論に影響するのか,要件事実のどこにあてはまるのかといった学習は,基本的には判決文の中にあげられた事実をもとに検討するしかないのが現状である。
  私の所属していた横浜国立大学法科大学院では,熱心な実務家教員により,民事事件においては実務に近い事案での教育がなされた上,とても心に残る授業をしていただいた。一方で、刑事事件となると,実際に刑に処せられた人の過去の犯罪という極めてプライバシー性の強い分野について扱うことになるので,なかなか事例を挙げにくいこともあり,抽象化された事案での教育となった。これは,法科大学院生が司法試験には合格していない単なる一大学院生に過ぎないということからくる限界でもあると思う。
  また,法科大学院では,各大学院ごとに工夫をこらしていると思われるが,一律した教育がなされるわけでないことから,A大学院では,教員が実務に近い事案を基に教育をすることに熱心だが,B大学院では,実務教育よりも概念的な教育に力をいれている、ということもあるかと思う。法科大学院では、将来的に三権の一つである司法権を担っているにもかかわらず,教育内容に大きな差がある状況が放置されていることは問題である。しかし、現在は、各法科大学院がそれぞれ教育をするという制度である以上、格差が生じることは避けられないのであるから,その意味でも,同じ教育を施す機会を設ける司法研修所の存在価値はあると考える。
  以上述べたように,司法研修所の存在意義はさまざまあるが,司法修習は、司法試験に合格した者を対象として行われる研修であり,司法修習生は準公務員として守秘義務も法律上課されているうえ、さまざまな制約もあり国の監督下にある身分である。そのような身分だからこそ,生の事実を題材として研修をすることができるのであって,そこに大きな意義があるのではないだろうか。

4 実務修習の意義
法科大学院では,実務についての学習をしようとしても,実際の取り調べができるわけでもなく,実際に尋問を見て判断するわけでもなく,証拠を集めることができるわけでもないため,その教育効果については、限界があろう。
しかも法科大学院生は,全くの法律未修者から,ある程度法的な知識や素養が身に付いた学生までさまざまであるが,共通していることは,司法試験には合格していない、ということである。
司法試験に合格しておらず,法律の概念や知識が不足している者たちが、実務にふれても得るものは限られるのではないか。
実際,筆者は法科大学院時代に模擬裁判を体験し現役の裁判官に直接実務を学んだり,法律事務所において1~2週間の実務を体験する機会を得た。しかし,筆者は既習者コースではあったが法律の知識や概念の理解の習得については、まだまだ不足していたため、法律事務所では、見物するだけで終わってしまった。筆者が法律事務所での1~2週間の滞在で得たものは「こんな裁判があるんだ」とか「弁護士って意外と事務所にいないで動き回ってるものなんだな」「マスコミとも関係したりするのか」という感想くらいである。
模擬裁判では何を尋問で聞き取るかについて学生同士で会議をしたり,法律構成を考えたり,と意欲的に取り組んだが,しょせんは模擬なので,尋問を試みても「設定にありません」という返答が返ってきてしまうことも多く,実際の裁判とは異なるものであった。また,証拠を集めるという弁護士にとってはとても大切な部分を経験することはできない。
もちろん,この経験によって得たものはあるが,それは「実務」ではなかったと感じている。
何より,法科大学院生は,司法試験に合格するために勉強している立場である。どうしても司法試験に合格することを最優先目的としてしまうし,またそうあるべきであるとも思う。
何といっても実務に携わるのは司法試験に合格した者だけなのである。そして残念ながら法科大学院生の中には司法試験合格という目的に届かない者たちがいるのも現実である。
そのような,司法試験に合格し、法律実務家としての道を歩めるのかわからない段階にある学生たちに、実務もどきを経験させる場を提供しても,実務に携わる直前の司法修習生とは、そもそも意欲が異なるであろうし,実力も異なるであろうことから,実務の素養を身に着けさせたことにはならないだろう。悲しいかな,少なくとも法科大学院生の段階の筆者には身に付いていなかった。模擬裁判等で教員が理解させようとしたことを筆者が理解できたのは,司法試験に合格した後である。そういう意味では,法科大学院での実務教育も無駄ではなく,後に花咲く種まきのようなものとしての意味はあるといえる。

5 法曹三者を経験できることの大切さ
(1) 法曹三者の実務をすべて体験できる
現在の制度の下では司法試験に合格した者は、司法修習において法曹三者の実務をすべて体験したうえで、裁判官、検察官、弁護士のどの職業を選ぶか決めることができる。
司法修習は国家の税金を使って行われ(修習生への給与については現在は貸与制になっているが以前は給付制であった。また,司法研修所の教官の給与等は現在も税金でまかなわれている),裁判官や検察官など公務員になる者だけを教育すれば良いという意見もあるだろう。しかし、自分の適性や、将来にわたって続けていきたい仕事を受験生の段階で選択することは困難であるし、企業においてもOJT(on the job training)をしながら所属する部署が選択されていくことは一般的なことである。それを考えれば、司法試験に合格した段階で初めて真の実務にふれ、その中で自分の適性を見極め、自分と対話するという過程は必要なものであると考える。
したがって,司法修習の一番の重要な意義は、何といっても「法曹三者の実務をすべてを経験できること」だろう。
(2)検察修習にみた検察官という職業
私は,弁護士を志望して司法試験を受験を決め,法科大学院に入学した。法科大学院では実際に裁判官,検察官,弁護士の実務家教員がいたが,裁判官の実務,検察官の実務,弁護士の実務をみたり経験したわけではなく,授業を受けただけなので検察官や裁判官に興味をもつことはなかった。筆者にとって裁判官は、真面目で自由がなさそうで、人とかかわることのない職業だとイメージしていたし,検察官はひたすら犯罪者の処罰をめざす人たちの集まりというイメージでしかなかったのだ。
しかし,司法修習生になり,はじめに検察修習を経験して、初めて検察官という職業に興味をもった。起こったばかりの生々しい事件の記録(こんなにも膨大な記録があるということは初めて知った!)を読み,被疑者の取り調べをし,警察官に補充捜査の依頼の電話をした。証拠が十分であると感じた事件については起訴状を作成し,指導担当の検察官に見てもらう。そこで承諾をもらえると上の立場の検察官に見てもらい,そこでも承諾がとれればさらに上の立場の検察官にみてもらい最終的には検事正の承諾をもらって実際に起訴をすることになる。その間「これは調べたのか」、「なぜこの証拠で起訴を決めたのか」など質問を受け,それに対して説得力のある答えを持たなければならない。筆者が,不起訴が相当であると考えた場合でも、上の立場の検察官は起訴すべきと考えていることもあり,一人の判断で決めることはできない。検察庁というのは大きな組織であり,一人の人間の起訴・不起訴という人生にとって重大なことを決めるのに際し,たくさんのフィルターをとおして判断しているということを実感した。同時にさまざまな意見にふれることができ,実力を付けるための研鑽がつ積める職業であるとも思えた。
  また,取り調べでは,普段は温厚で優しい検察官がとても緊張感のある空気を醸し出し,被疑者が泣いてしまう場面にも立ち会った。初犯であったり更生が十分に考えられる被疑者の場合には,あえて厳しい態度で臨み,もう二度とこんな目にはあいたくない,こんなところには来たくない,と思わせて再犯を防ぐことの意味も知った。
  検察官というのは,ただひたすらに犯罪を行ってしまった者の処罰をめざす職業ではなく,その人の更生を促したり,被害の回復を促したりとすることで社会や人とかかわることのできる職業なのだと知って,真剣に検察官という職業について考え修習にも励むことができた。
(3)刑事裁判修習にみた裁判官という職業
筆者が検察修習の次に経験したのが刑事裁判修習であるが,これも非常に興味深く初めて裁判官という職業に興味を持った。
  刑事裁判修習では,無罪を争っている事件や責任能力を争っている事件を中心に判断し,その判断経過を裁判官に見てもらった。尋問で修習生である私が質問することはできないが,紙に質問したいことを書けば裁判官に代わりに質問してもらうこともできた。実際の事件にかかわって,被告人の言葉を聞いて,有罪か無罪かを判断することは,人生を抱えるような重さを感じたし,裁判官席という壇上からとはいえ真剣に被告人と向き合う姿勢を学べたような気がする。
  裁判官は非常に勉強熱心な方が多く,裁判官室には書籍も多くあるし,専門家を招いての研修もあった。事案の判断をするには専門的な医療知識が必要なこともあるし,事件の背景事情を知る必要もあり,たくさんの勉強をしながら真剣に判断をしていることを知り,魅力的な職業だと感じた。
  また、事実に争いがない事案でも判決のあとの説諭で裁判官が被告人に語りかけ,被告人が感動して涙を流す場面もあった。
このように裁判官は,真剣に人の人生を考え,勉強も重ね,人と向き合うことのできる職業だと知り,裁判官になりたいという気持ちも持つに至ったのである。
(4)弁護修習にみた弁護士という職業
その次に経験したのが弁護修習である。筆者が修習した法律事務所は、複数の弁護士が所属し,委員会や弁護団会議などにも参加する機会があったため、多くの弁護士とふれあうことができた。
依頼者の同意を得て打合せや法律相談に同席することもでき,多くの事件にふれることができた。裁判の前に証拠を保全するのに同行したこともあるし,強制執行の場に立ち会うこともできた。折にふれて,担当弁護士がどれほど真剣な気持ちで事件に取り組んでいるのか,どのような社会をめざしているのか,そのために今の活動がどうかかわってくるのか,などを聞き,魂がゆさぶられるような気持ちを感じた。
結局,受験生時代になりたいと考えていた弁護士になったが,筆者が最終的に弁護士を選択したのは、指導担当弁護士の熱い気持と行動をみて,自分のやりたいことと重なったからである。受験生時代に感じていたほんのりとした気持とは大きく異なる覚悟のような気持ちに変わっていた。これらの経験から,実務修習には大きな意義があると考えている。
  
6 法科大学院教育と実務とのつながり
  これまでの司法修習の意義についての私見から,法科大学院教育についてはあまり肯定的な意見を持っていないように思われたかもしれないが、筆者は、法科大学院には,種まきとして重要な役割が与えられていると感じている。
法科大学院では法律実務教育や要件事実教育,倫理教育が義務づけられており,学生たちはそれを学ぶことになる。司法試験においても要件事実的な視点を踏まえた解答を求められている。そして,実務家教員がそれらの科目を教育することになっている。
  筆者の所属した横浜国立大学法科大学院においても,裁判官による要件事実の授業があり,弁護士による倫理教育があり,検察官・弁護士による刑事実務科目・民事実務科目の授業があった。
  筆者の学習到達度が低いために,裁判官による要件事実の授業は、半分程度しか理解できなかったが,半分程度でも学べていたからこそ,司法修習においていきなり実務修習が始まっても対応できたのだと思う。ただし,筆者は裁判官の道を歩んでいないので,裁判官となる人たちにとって,司法修習において、最初に集合修習がないことがどのように影響しているのかはわからない。この点は、今後、検討してみたいと思う。

  検察官・弁護士による実務科目は,具体的な事案が教材として作成され、検討する授業であったので,検察官の着眼点,弁護士の着眼点を学ぶことができ,実務をイメージすることができた。上に述べたように,司法試験合格前の一大学院生であるがゆえに生の事案を使うことができないという限界や,知識や理解の程度が低いために習得するのに限界があるが,具体的なイメージを持つことで意欲も増し,まいた種が花を咲かせるように司法修習においての深い理解の手助けとなった。
  司法修習が不要になるほどの実務教育や要件事実教育がなされるわけでもないし,また,それほどの教育は司法試験の合格前にする必要もないと思われるが,法科大学院での実務教育があるからこそ意欲的に学習することができ,短い修習期間でも理解することができるのだと考える。

7 今後の展望
  私は一期既習者であり,法科大学院の先輩はいなかったが,今後は,法科大学院を卒業して修習を経て実務家となる人たちも増え,彼らが法科大学院で教える機会も増えていくだろう。法科大学院を経てから司法修習・実務に進んだことにより,司法修習や実務で求められることと法科大学院での教育とのギャップを自らの経験をふまえて教育の現場にフィードバックすることもでき,そのことによって法科大学院と修習・実務との架橋が強まり,より洗練され理想的な法科大学院教育へ近づいていくのではないだろうか。
  法科大学院は司法修習の代替となり得ないし,現在の司法修習は法科大学院の教育なくしては成り立たないものである。したがって,法曹教育の場として今後の法科大学院のさらなる発展を期待するとともに,司法修習の充実を望みたい。

                                                          以上

2012年07月18日

裁判員裁判における情状弁護の方法について(弁護士 大橋賢也)

横浜弁護士会刑事弁護センター発行『刑弁センターニュース№1』に大橋弁護士の特集が掲載されました。

1 平成21年5月21日から始まった裁判員裁判は、開始からもうすぐ3年経つが、日を追うごとに裁判員裁判経験会員が増えている。平成24年度(4月1日からの担当予定分)の データによれば、裁判員裁判の担当者名簿には本部156,横須賀27,川崎81,相模原33,県西57,この他、協力名簿,応援名簿,二人目以降選任名簿にそれぞれ40~50名 前後の登録がなされている。しかし,他方で,裁判員裁判は,対象事件が重大事件に限られていることや,これまでの刑事裁判とは大きく異なる点が多々あることから,抵抗を感じる会員も少なくないようである。
 弁護士会としては、組織的に裁判員裁判対策を行っている検察庁と対等に戦うため,できるだけ多くの会員に裁判員裁判を経験していただき、会全体で経験値を上げていく必要があると考えている。

2 今回は、情状弁護に焦点を当てることとする。というのも,裁判員裁判の対象となる事件も,その他の事件と同様に,多くは自白事件で,情状弁護をすることになる。ところが,現在刊行されている裁判員裁判関連の書籍は,多くが否認事件における弁護技術が記されており,情状弁護に焦点を当てた書籍は比較的少ないからである。
 裁判員裁判の場合,市民が裁判官と共に判断者に加わるため,職業裁判官を相手にした従来の情状弁護のままでは,裁判員に伝わりにくく,更に言うと反感を買ってしまうことにもなりかねないという点に難しさがある。そこで,裁判員裁判における情状弁護は,どのような点に注意して行うべきなのかについて,刑弁センター委員にアンケートを実施してみたところ,次のような回答があった。

 A会員 「従来のように,何でもかんでも被告人に有利になりそうな情状を拾い上げるのではなく,優先順位を付け,その高いものだけを主張し、残りは切り捨てるなどの工夫が必要だと思う。優先順位の付け方は,裁判員の共感を得られるかどうかで判断すべき。」
 B会員 「情状事実は絞り込むべきだと思う。それを前提に,今まで弁護人が良い情状だと思って当然のように述べていたこと(反省している,若い,被害弁償が出来ている,前科がない,など)は,なぜそれが良い情状になるのかについて,説明が必要になると考える。」
 C会員 「裁判員裁判の情状弁護では,『極度に刑事弁護人を嫌う裁判員がいる』という意識を持った方がよい。そこで,弁論では,『被告人がしたことは確かに悪い。悪いからこそ,刑罰を受ける必要がある。ただし,刑罰には幅がある。幅があるのは色々な事情をくみ取って評価するためである。被告人にはこういう良い事情もある。こうした事情がない人に比べれば,刑罰を軽くすべきである。』などと説明した方がよいのではないか。」

3 以上は,裁判員裁判を経験した刑弁センター委員が感じている,裁判員裁判における情状弁護のあり方である。
 裁判員裁判は,まだ始まったばかりであり,全ての関係者が色々模索している最中であるため,何が正解であると言うことはできない。今後もできるだけ多くの会員が,裁判員裁判を経験し,その経験を共有することで,よりよい弁護活動をすることができるよう,横浜弁護士会全体で研鑽を積んで行く必要があり,刑弁センターニュースを通じてそのための情報発信を行っていきたい。

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