菊池の独り言

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ニセ札騒動に思うこと 2005.1.13

正月からニセ札がはやっています。お賽銭の中からニセ札が見つかったとの報道がありました。神をも恐れぬ所業とはこのことですね。

ところで,偽造された通貨をお賽銭箱に入れると偽造通貨の行使罪が成立するのでしょうか(通貨を偽造すれば通貨偽造罪が成立しますが,偽造通貨の行使罪とは別です。)。偽造通貨を行使する典型例はニセ札で自分の買いたい物を買ったり,安い物を買っておつりをもらうというような場合だと思います。しかし,お賽銭として投げ入れてしまうのではせっかくニセ札を使っても1円も得しないわけです。

裁判所はどのように考えるのかというと,昭和7年という古い判例ですが,「真正の通貨としてその用法に従って使用すること」を「行使」というとされています。
「その用法に従って使用する」という意味がよく分かりにくいですが,通貨に通常予定されている使い方をした場合ということだと考えられます。

したがって,物を買ったりするのはもちろんお賽銭として使うことも行使にあたるのではないでしょうか。これに対して,偽造した通貨を手品の道具として売った場合(よく紙幣を破って手の中でくちゃくちゃ揉んだりしているうちにまた元通りに戻っているような手品がありますね。)などは行使にはならないのではないかと思われます。

もともと,偽造した通貨を流通させて通貨に対する信用を低下させること自体が罪であるという考えが背後にはあり,行使した本人が得するかどうかは関係ないというわけです。

賽銭箱に偽貨を投げ入れた人たちが通貨に対する信用を低下させることに意義を見いだしていたとは考えにくいですが(国家の転覆でも謀ろうとしたというのであれば話は別ですが。),結果としてニセ札を流通させているわけですから,偽造通貨行使罪は成立することになるのでしょう。

ではいったい彼らは何の目的で賽銭箱にニセ札を投げ入れたのでしょう?何も得することがないのに犯罪を犯す意味はあるのでしょうか。

ここからは私の想像ですが,ニセ札であることがばれるかどうか,精巧にできているかどうか客観的な評価を得るべく試してみたのではないかと思います。確かに人混みの中で賽銭箱にニセ札を入れても誰が入れたかまではわからないでしょうから。

posted by 菊池 博愛 | | Comment (0)

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